NEWScape ver2
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\"映像と音が織りなす「サプリメント空間」\"の体感イベントを開催
http://www.mitsubishielectric.co.jp/news/2003/1003.htm
大橋 力氏(ATR人間情報科学研究所/通信総合研究所)を中心とする研究。視聴覚情報が人間の脳に及ぼす影響を脳機能など生体計測にもとづいて明らかにした。また、高密度映像やハイパーソニック・サウンドが脳基幹部を活性化し、都市の生活空間に欠乏している、<情報のビタミン>を補う効果があることを世界で初めて発見した。
高周波や高密度映像が脳にイイから、それを利用した空間を作ろう、ということかな。
脳にやさしい映像と音による環境づくり
とか
情報のビタミン
ってどういう意味だろう。
安直にヒーリングといわれても、その効果や方法についてはどの程度検証されているのだろうか。
メディアアートという割には、結局ちょっと違う技術を使った映画とも言えるのではないだろうか。
しかし、音や映像で脳が活性化される、その法則性というか、どういう音やパターンが効果的かを
どんどん詰めていったら、それはビデオドラッグのような効果がありそう。
メディアによる加速とか。
癒しというものを映像作品に求めるならば、ノスタルジーというものに着目した研究に興味がある。
人は誰しも思い出というものに、価値を見出している。
例え嫌なことでも「懐かしい」と思ったりする。
写真やビデオで、何とかその時の体験をとどめようと行動したりもする。
「懐かしい」という心地よさ、それを感じるのは、「癒し」ではないだろうか。
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Kazushi.net
http://www.kazushi.net/
プログラムによる描画など。
[対談]坂本龍一+田辺美鶴
http://www.ntticc.or.jp/pub/ic_mag/ic026/html/072_073.html
今さらだけど。
しっかり読んでなかったので、とりあえず読んでみよう。
口で動かすサウンドエフェクタとは
http://slashdot.jp/article.pl?sid=01/08/18/0844240
光が音になる SOUND-LENS
http://slashdot.jp/article.pl?sid=01/08/06/2354253
かつて岩井俊雄が出てたシンポジウムで (正確にはMITの石井さんがメイン)、「音と映像の変換(あるいは他のメディアでも)というと聞こえはいいが、デザイナーの恣意性が強過ぎて、本当に『感覚の変換』になっているとは言い難い。」といったような事を質問した事がありました。
例えば、石を叩いた時の音ってのは、石(素材)の見た目とその音は、物理現象という恣意性の入り込まない変換であるのだが、元記事のような試みはその変換が恣意性の固まりであり、誰がデザインするかでまるっきりかわってしまう以上、一般性がなく意味がない。
その時は岩井氏は「ピアノやバイオリンの製作と同じで、物理現象に規定されてはいてもデザインの恣意性が入り込む余地があり、我々のやっているのはそういう仕事である」という返答をされてました。まぁメディアアートの領域でなら納得できなくもないんですが、インターフェースの研究としてはやっぱり上記の姿勢は受け入れられないかな。
以上引用。
これって、作品を作る上でも重要だよなぁ。
世の中にある全ての作品(一応ファイン系は除いてみる)は、「それで?」という一言で崩壊してしまう。
作品はあくまでも作品なわけで、下手に偉そうなコンセプトなど掲げてしまうと、作品もろともダメになってしまう。
・・・ような。
んー、とりあえず、作品としては見て面白くないと意味がない、エンターテインメントに近いと思う。
というか、作品とか実験とか研究とか、そういった言葉による位置づけというのはそんなに重要なのだろうか。
実際問題として、重要視されていると感じるのだが、どんな位置づけにしろ面白いのは面白いし、
ダメなのはダメ。
そういえば、何の変哲もないものをショーケースに入れて、もっともらしく展示するっていう皮肉っぽいのがあったなぁ。
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